カテゴリ:オカルト > 古代文明

1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/10/30(金) 23:21:27.231 ID:x+CUUG4V0.net
そのことを証明する

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1: 名無しさん@おーぷん 2015/08/31(月)16:03:30 ID:V88
ハラデイ

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1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/08/26(水) 01:59:22.74 ID:7NfzR4Aor.net
古代核戦争説(こだいかくせんそうせつ)とは、有史以前の地球に近代人の知らない超古代文明が栄えていたが、核戦争により滅亡したとする説。
または、四大文明および同時代の文明が核戦争により滅亡したという説。
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【8月26日 AFP】ギリシャの文化省は25日、同国の考古学者チームが、ミケーネ文明時代(Mycenaean Age)の古代宮殿跡を発見したと発表した。遺跡からは、同時代の重要な古代ギリシャ文字の碑文が出土したという。

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1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/12/08(月) 00:48:44.21 ID:GiZPF/hl0.net
個人的にノアの箱舟とインダス文明がきになりますわ

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1: 名無しさん@おーぷん 2015/07/16(木)13:47:00 ID:EC2
彡(゚)(゚)ここがかの有名なウルとか言う遺跡なんか

(´・ω・`)そうだよ、メソポタミア文明では一番有名な都市国家じゃないかな

(*^◯^*)なんかすごく大きい建物があるんだ!

(´・ω・`)あれはジックラトって言う神殿だよ

彡(゚)(゚)はぇ~すっごいおっきい

( ・`ω・´) ちなみにバベルの塔のモデルだぞ

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1: もろ禿 ◆SHINE.1vOk もろ禿HINE! ★@\(^o^)/ 2015/08/11(火) 18:17:36.35 ID:???.net
ストーンヘンジの10倍!英国最大の環状遺跡を発掘 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/a/081000025/


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草原のくぼんだ線は、ブリテン島最大の環状遺跡マーデンヘンジの痕跡だ。約4500年前に造られた高さ3メートルほどの壁が、およそ15ヘクタールの範囲を取り囲んでいた。(Photograph by Peter
Glastonbury)
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マーデンヘンジのすぐそばにある小さな環状遺跡ウィルスフォードヘンジで、青銅器時代の人骨を発掘する考古学者たち。10代とみられる人骨は、約4000年前に琥珀のネックレスとともに埋葬された
ものだ。(Photograph by Sarah Lambert-Gates, University of Reading
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マーデンヘンジから出土した遺物の1つ、磨製石斧。材料の石はこの地域では採れないため、交易で手に入れたものかもしれない。当時の人々はあちこち移動し、他の社会集団と交流していた
可能性がある。(Photograph by Peter Glastonbury)
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ウィルスフォードヘンジの発掘現場はオオムギ畑の中にある。辺りの肥沃な土は、新石器時代からずっと農業に利用されてきた。(Photograph by Sarah Lambert-Gates, University of Reading)
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ブリテン島にある有名な新石器時代の遺跡の1つ、エーヴベリー周辺で牧草を食むヒツジたち。


 英国イングランド南部、ピュージー・ベイル。ここには新石器時代の巨大な環状遺跡「マーデンヘンジ」がある。地上からは、その大きさを感じるのは難しい。

 かつては高さ3メートルの壁が約15ヘクタールの土地を取り囲んでいたが、数千年の間に少しずつ失われていった。この一帯は昔から農業に利用されてきた肥沃な土地だった。今はスゲやイラクサに
覆われ、ウシやヒツジが草を食んでいる。晴れた夏の日にマーデンヘンジに立ち、辺りを見渡しても、草が風に揺れる平和な農場にしか見えない。(参考記事:「探訪 世界遺産 ストーンヘンジの謎」)

 しかし4500年前の新石器時代、ここはさながら、優れた技術の展示場だった。マーデンヘンジは、15キロほど南にあるストーンヘンジと比べて10倍も大きい。

 マーデンヘンジがなぜ造られたのか、また、新石器時代になぜここで熱狂的なまでの建設ラッシュが起きたのかは誰にも分からない。この周辺には、エイボン川に沿ってストーンヘンジやエーヴベリー、
ダーリントン・ウォールズ、シルバリーヒルといった環状遺跡が、数キロおきに点在している。英レディング大学の考古学者、ジム・レアリー氏は、この古代の謎を解明しようとしている。(参考記事:
「ストーンヘンジ、地中に未知の17遺跡」)

 今年7月、レアリー氏は公共団体「ヒストリック・イングランド」と協力し、3年にわたるマーデンヘンジの発掘調査に取りかかった。これだけ巨大であるにもかかわらず、これまで考古学者たちはこの遺跡に
ほとんど関心を向けなかった。注目されるのは見た目のインパクトがより強い遺跡ばかりだったのだ。

「この一帯では、もっと発掘調査が行われるべきです」とレアリー氏は話す。マーデンヘンジが新石器時代の遺跡だと確認されたのは1960年代のこと。それ以降、ここが調査されたのはレアリー氏が
主導する2010年と今夏の2回だけだ。

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1:2015/07/24(金) 17:58:55.49 ID:
アレクサンドロス大王の父の墳墓を特定か | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/072300194/





1970年代の終わりにギリシャのヴェルギナでこの墳墓を発掘した考古学者らは、被葬者は古代マケドニア王フィリッポス2世だと結論付けた。しかし、フィリッポス2世は近くにある別の墳墓に埋葬されて
いることを示唆する新しい証拠が見つかった。(Photograph by Petros Giannakouris, AP )

遺骨を元に復元を試みた フィリッポス2世の肖像。フィリッポス2世は敵の矢に打たれ片目を失明したが、名だたる息子、アレクサンドロス大王を除いては右に出る者のない、洞察力のある指導者だった。
(Photograph by James L. Stanfield, National Geographic Creative)


 新たな法医学的研究により、アレクサンドロス大王の父、古代マケドニア王フィリッポス2世の埋葬地を巡る長年の論争に終止符が打たれるかもしれない。

 1977年および1978年にギリシャのヴェルギナで王家の墳墓3基が発掘されて以来、フィリッポス2世はこのうち第2墳墓(「フィリッポスの墓」と呼ばれる)に埋葬されたものと多くの考古学者が考えていた。
ところが、このほど第1墳墓から発掘された成人男性の脚の骨を分析した結果、大きな槍傷の跡が見つかり、古代の文献にフィリッポス2世が339年の戦いで負ったと書かれている傷と一致することが
わかった。(参考記事:「ギリシャの墳墓、眠るのは大王の親族?」)

 今月20日、「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌に発表された研究論文によると、今回の発見はフィリッポス2世の埋葬場所を特定する初の証拠であるだけでなく、第2墳墓の
副葬品のいくつかがアレクサンドロス大王のものであった可能性を示すものだという。

 第1墳墓に埋葬された3体の遺骨を分析したのは、今回の研究チームが初めて。遺骨は中年男性と、死亡時に18才くらいだったと推定される若い女性、そして性別の不明な新生児のものであることが
わかった。この法医学的証拠も、古代の文献に記されたフィリッポス2世と7人の妻のうちの最後の妻、そして子どもの死亡時の年齢と一致する。

 紀元前336年に暗殺される3年前、フィリッポス2世はスキタイ人との戦いで得た戦利品の分配話がこじれた結果、トラキアのトリバリ人と争いになり、瀕死の重傷を負った。セネカ、プルタルコス、
デモステネスなどが古代ギリシャの文献で記述した傷の厳密な位置は異なっているものの、どの文献もフィリッポス2世がその傷が原因で脚が不自由になったとしている。

 第1墳墓から発掘された成人男性の脚の骨には左膝の部分に大きな穴が開き、骨が癒着して関節が動かなくなる重傷の関節強直がみられる。

 脛骨と大腿骨の長さから、負傷前のフィリッポス2世は身長1メートル80センチ近くあり、当時にしてはかなり背が高かったとみられる。おそらく負傷してからは、フィリッポス2世の足はおぼつかなくなり、
体のバランスを取るために頭を右側に傾けて歩いたと推測される。(参考記事:「アレクサンドロス大王時代の墳墓の謎深まる」)
65:2015/08/06(木) 19:59:33.85 ID:
>>1
> 1977年および1978年にギリシャのヴェルギナで王家の墳墓3基が発掘されて以来

結構最近なんだな
と言うことはまだ見つかっていない超古代文明もあるかも知れんと言うことか
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1: あずささん ★ 2015/08/13(木) 17:36:10.47 ID:???*.net
古代エジプトの美女として名高いネフェルティティ王妃はこれまで遺物などがほとんど発見されず、
埋葬場所も謎に包まれていた。しかし米アリゾナ大学の英国人考古学者、ニコラス・リーブズ氏が
このほど発表した論文によると、王妃の墓は思いがけない場所に隠れている可能性がある。
義理の息子に当たるツタンカーメン王の墓の中だ。

ネフェルティティ王妃はエジプト第18王朝の王、アメンホテプ4世の王妃。十代の若さで亡くなった
ツタンカーメン王の墓はエジプト南部ルクソールにあり、その精巧な再現画像が昨年、スペインの
マドリードを拠点とする芸術家などからなるチームによって一般に公開された。

アリゾナ大のリーブズ氏は、これらの高解像度の画像を徹底的に分析。その結果、ツタンカーメン王の
埋葬室の西側と北側の壁にそれぞれ割れ目が見つかったという。そこに今まで知られていなかった
出入り口があるのではないかと、リーブズ氏は推測する。

このうち北側の出入口は別の埋葬室につながっているとみられ、ネフェルティティ王妃はここに
葬られている可能性があるという。王妃はツタンカーメン王が亡くなる10年前に亡くなった。
(以下省略)
※以下の部分はソース元にてご確認ください。

ソース/CNN
http://www.cnn.co.jp/fringe/35068847.html

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1: 本当にあった怖い名無し 2015/01/16(金) 21:51:31.52 ID:Vd0Z7DfBR
とりあえずなんでも聞いてみてください。

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