1: 死に至る病 03/01/03 23:19 ID:WrCLS/K9
ここでの精神病は鬱病や神経症などで薬を使わなくても
治るかどうか程度のものとしておこう。
あと、元気が出ない、やる気が出ない、友達が作れないなども含むとしておく。
その上で、
哲学によって精神病の治療は出来るのか?
精神病の治療と哲学とは違うとして、どれくらい近くてどれくらい遠いのか?
哲学をやめることで、逆に癒されることがあるのか?
生活や社会活動が悪いから精神病になるというのは唯一の原因ではないとしても、精神病に
なってしまってからは生活や社会活動の圧倒的改善が絶対に必要とされるものなのかどうか?
身体の日頃の運動の足りなさは哲学を学ぶ段階での何らかの原因による
ノイローゼから来ることはないか?
流行についていけないという事と精神病の関係というものは何か?
眼差しと赤面恐怖の関係は何か?
見た目が「キモイ」というものはどう分析すべきなのか?
「キモイ」という「言葉」自体ここ数年のうちに出てきた流行語であって、
その普及と精神病との関係はないのか?
精神病と家庭の問題との関係は何か?
精神病と犯罪の関係は何か?
信仰で癒されるならば信仰も一つの方法として認められるべきであるのかどうか?
哲学が逆に精神病を生み出す場合があるのかどうか?

などをささやかに、慎ましく、弱弱しく、囁くように語るスレ(←嘘)
mig

引用元:哲学と精神病治療

2: 優しい名無しさん 03/01/03 23:19 ID:WrCLS/K9
尚、俺自身哲学書をよく読むんですが読んでると物凄く不幸で無意味で
空しく感じる場合が多々あります。にもかかわらず、また、しばらくすると
読まざるを得なくなってきてしまう。これは哲学好きの人には誰にでもある
ことなのだとして、しかもそういう人から哲学書を読むことを取り去ってしまう
ことが不可能なのだとしたら、そういう人は宿命的に鬱病を逃れられない人なんでしょうか?

俺に対する返答というよりは、それぞれの議論の場にしてもらいたいです。以上

4: 優しい名無しさん 03/01/03 23:22 ID:8IuYyII2
哲学は存在のないものを対象として、深く考え込む作業だから、
鬱傾向になりやすいと思われ。
また、鬱傾向の人が哲学好きとも言える。

5: 03/01/03 23:40 ID:yCrdNhRT
>>1
マジレス。
一口に哲学って言っても、どの辺の領域?
分析哲学とか現象学とかいろいろあるけど。
できれば具体的な学者・思想家の名前をキボン。

7: 死に至る病 03/01/03 23:51 ID:Woil/yJg
>>5>>6
いや、俺なんかは本当に野狐禅ならぬ野狐哲学で、
広く、浅くで、ついでにすぐ忘れるってタイプの人間なもですわ。
まあ古代から現代までの哲学史で、四苦八苦しているってところです。
あれもいい、これもいいでどれかに特定出来ないのがヤバイところですね。

9: 03/01/03 23:56 ID:yCrdNhRT
>>7
なるほど・・・。
とりあえず、「精神病」と「哲学」の双方を持ち出すなら
フーコーは知ってますよね?
そのあたりで攻めてみよう。
つーか、sageた方がいいね、このスレ。

12: 死に至る病 03/01/04 00:04 ID:SM05DINo
>>9
読んでないの。フーコー(ToT)/~~~
特に現代哲学とかは読んでない。
俺が今読んでいるのはミネルヴァ書房の西洋哲学史「古代・中世編」と
「近代編」。「現代編」は出ていないだす。
ただ、俺からすれば、めっちゃ難しいれす。

13: 死に至る病 03/01/04 00:08 ID:SM05DINo
>>11
俺は高卒です。しかも滑りどめの高校で、授業中寝てばかりいました。
小6の時は優秀でしたが中1から、歴史以外ほとんど勉強しませんでした。

15: 03/01/04 00:14 ID:c3RaQXaW
大学行かないで独学じゃあ大変ですね・・・素質はあるみたいだけど?
フーコーは大著なので読まなくてよろし。
『狂気の歴史』って本は精神病についての哲学的・社会学的研究だけど、
500ページ以上もあって値段も相当するので、簡単に手が出せるものではないです。
ただ、フーコーの考え方自体はその後に大きく影響及ぼしてるし、いろいろな本で
紹介されてるので知っておくといいでしょう。

19: 死に至る病 03/01/04 00:25 ID:SM05DINo
>>15
うわー、そんな本は読めないですな。
哲板でこんなこと聞くと「自分で読め!」って言われそうだけど、
俺が1で列挙したうちのどれかの問題がフーコーの問題と被ってたりしますか?

21: 03/01/04 00:38 ID:c3RaQXaW
>>19
私も『狂気の歴史』はまだ読んでないから、詳しくは分からないけど。
  生活や社会活動が悪いから精神病になるというのは唯一の原因ではないとしても、精神病に
  なってしまってからは生活や社会活動の圧倒的改善が絶対に必要とされるものなのかどうか?
  流行についていけないという事と精神病の関係というものは何か?
  眼差しと赤面恐怖の関係は何か?
  見た目が「キモイ」というものはどう分析すべきなのか?
  「キモイ」という「言葉」自体ここ数年のうちに出てきた流行語であって、
  その普及と精神病との関係はないのか?
  精神病と家庭の問題との関係は何か?
  精神病と犯罪の関係は何か?
あたりは、直接言及されてるかどうかはともかく、関係ありそう。

22: 死に至る病 03/01/04 00:42 ID:SM05DINo
>>21
いやーありがたいですー。
本当は最初哲板にたてようかと思ったんですが、思いっきり板違いだと思ったので、
こっちに立てました。こんなに親切な人がいるとは・・哲板(哲学者ではなくて)は
はっきりいってすさみきってますねー。

16: 03/01/04 00:19 ID:c3RaQXaW
んー、でも私は卒論にメンヘルを取り上げようかとも考えているので、
そうするとフーコー挑まにゃなぁ。

17: 死に至る病 03/01/04 00:20 ID:SM05DINo
今日、胃の調子が悪くて、病院行ってきたんですけど、
そこで、物事を深く考えなさそうな十代の見た目体育会系の人たちを見ていたら、
あの生き生きした感じ、あれこそが、人間のあるべき姿だと思った。
毎度のことだけど、哲学なんてばかばかしいなと思ってしまった。
とはいえ、自分はそんなに出来ないから本当に哲学できる人も生き生きしている
んじゃないかと思った。ただ、実際はその辺は分からないけど。
ただ、自分としては、「哲学のみ」をやっている人よりも「心理学のみ」を
やっている人の方が生き生きしていると思う。偏見だとは思うけど。

18: 03/01/04 00:25 ID:c3RaQXaW
>>17
>ただ、自分としては、「哲学のみ」をやっている人よりも「心理学のみ」を
>やっている人の方が生き生きしていると思う。偏見だとは思うけど。
学問が細分化されてしまっている現代の状況は好ましいとは言いがたいけど・・・
まあ、その細分化された学問領域の中で、「哲学」よりは「心理学」が
一般的に人気が高いのは確かではありますな。
それせいで「生き生き」と感じるのかもね。

20: 死に至る病 03/01/04 00:29 ID:SM05DINo
>>18
心理学というのは具体的な人間関係に相当応用が利くんじゃないかって気がする。
それに、何かIQを自然に高めそうな・・(うらやましい)

21: 03/01/04 00:38 ID:c3RaQXaW
>>20
臨床心理なら、資格を取れますから実用性のある学問ではありますね。
他の心理学の分野が現実にどの程度有効なのかどうかはわかりません。

23: 03/01/04 00:50 ID:c3RaQXaW
>>1の中では「哲学が精神病とどう関わるか」ってメタレベルの問を多く
立ててるから、ちょっと難しいですね。
確かに、フーコーは他の著書の中でもsavoir(知識)の持つ権力について
語っているから、哲学=知識とすれば、かなり問題関心は重なるけど、
哲学入門レベルからすると、カナーリ難しい問題ですよ。
そもそも、フーコーって著書が長い上に文体も独特で分かりにく~い(これは私の愚痴w)

哲学板って行ったことないけど・・・まあ、メンヘル板以外の2chは
どこでも荒れてますからな。

25: 死に至る病 03/01/04 01:02 ID:SM05DINo
>>23
哲板行ったことないっていうのはいいですね。
哲学を外側から、冷静に相対的に見ているからだと思うんですが、
俺と同じ様に「哲学なんて、やっててもしょうがない」とか、
「哲学それ自体」に「病気」の原因があるのではと勘ぐっているのではないのですか?

26: 03/01/04 01:15 ID:c3RaQXaW
>>25
>哲学を外側から、冷静に相対的に見ているからだと思うんですが
・・・確かに相対的に見る努力はしているけど、それと2chでどの板に
行くかとはあんまり関係してないです。
私は専門が社会学なので社会学板はたまにいきますが、それ以外は行くのが面倒だし、
どうせ行っても生産的な議論はなされてないだろうしw(社会学板がそう)
あんまり専門的すぎても哲学は理解できないし・・・私はフッサールなんて
何度も授業で説明を受けましたが、結局よく分からないでいます。

27: 03/01/04 01:18 ID:c3RaQXaW
>>25
>俺と同じ様に「哲学なんて、やっててもしょうがない」とか、
>「哲学それ自体」に「病気」の原因があるのではと勘ぐっているのではないのですか?
自分でやってもしょうがないと思ったら、やってもしょうがないでしょう。
やってもしょうがないことをやってばかりいたら、鬱にもなるでしょうね。
自分なりにそこに意味を見つけ出せれば、それでいいのでは?

29: 死に至る病 03/01/04 01:25 ID:SM05DINo
>>27
そうですね。
俺も「哲学それ自体が病気の原因」だと言ったのは、「哲学」があまりに難しすぎる
からで、それについていけない者が無理に付いていこうとして、病気になる。付いていけている
人は病気にはならない。ただ、それによって、鬱になる人は多いのではないか
と言うべきでした。

32: 03/01/04 01:36 ID:c3RaQXaW
>>29
ハッキリいって、大学での哲学なんて、実社会でほとんど通用しない机上の空論ばかりです。
研究者や大学生は、そんなものと割り切って「難しい哲学についていって」いるのです。
学生の場合、単位が欲しいからついていくというケースが大半ですがw
難しい学問を理解できなくて鬱・・・っていうのは私にも経験ありますし、
よく分かるのですが、「ついていく」ことがどんなことか見極めないと、
ちょっと苦しいことになりますよ。

24: 死に至る病 03/01/04 00:57 ID:SM05DINo
極端にいえば、「哲学」も「心理学」も「あらゆる学問」も関係なく吹っ飛ばして
しまう様な「体育会系」あるいは「中卒塗装工」のような楽天的なものの、この凄さ、
これって一体何だろうと思う。(差別スマソ)彼らは何ら犯罪をするような人間とも
違っていて、師弟の関係に馴染むのが早くて、さっさと子供を生んで、気持ちよく
年をとって死んでゆく。「学問しなくて、可愛そう・・」って人間と思うのは
おかど違いじゃないかと俺には思えた。

31: 03/01/04 01:36 ID:3XC1OG1g
素人です。
哲学で精神病の治療は難しいかと思います。
臨床心理って何をやっている学問なのかあまりよく知りませんが、
そっちの方が治療には良いのでは・・・。
それから、精神分析的なアプローチかな。

人間の精神は理屈で分かってもどうしょうもない部分がありますよね。
精神の安定とかそういう事は理屈で捉えるもんじゃないし、
了解するものというか・・・。
こういう話題は好きなんで、迷惑を顧みずどんどん書き込みまあす。

33: 死に至る病 03/01/04 01:39 ID:SM05DINo
>>31
ありがたいです。
俺は不精で、しかも実力もないので、書ける人がどんどん書いてくだされば
助かります。俺からのレスが無くても構わないのでやってください。(●^o^●)

37: 03/01/04 01:52 ID:c3RaQXaW
>>31
臨床心理学はカウンセリングの理論。
精神分析もその一つだと思います・・・ちょっと自信ないですが。
精神分析の祖、フロイトなんかは叩かれまくっていて、臨床心理って理論としては
どうにもぁゃιぃ部分があるんですが、実践=治療は必要ですよね。
治れば理屈はどうでもいいっていうか。

34: 03/01/04 01:44 ID:3XC1OG1g
何故、哲学を学びたいと思ったかという動機は何なんでしょうか。
まず、自分の心の中に不安があって、それを何とか解明したい、
自分とこの世界をすべて説明がつくようにしたい、と考えて
それで哲学を学びたいと思ったんでしょうか。
別に答えたくない事は答えなくても結構です。

36: 死に至る病 03/01/04 01:51 ID:SM05DINo
>>34
それは俺にはあてはまります。
あと、哲学を学びたいと思った人の全てがそうだろうと俺は今のところ
予想しています。

35: 優しい名無しさん 03/01/04 01:49 ID:Wh46aelk
哲学と精神病治療???
事象をどう捉えるか、という意味で
物事へのより深い理解を得たいのであれば
物理学的視野をもつことをお勧めします
哲学に「答え」はありませんから

39: 死に至る病 03/01/04 01:55 ID:SM05DINo
>>35
そうですね。
俺なりに35さんの言うことは重要だと思いました。
俺は物理も数学もやりませんでした。(相対論と量子論の概略くらいは知ってますが)
医学部に進んでその余暇に哲学をやるっていうのであれば問題は無いだろうとは思います。

40: 03/01/04 02:00 ID:c3RaQXaW
岸田秀・・・心理学者か。何かの雑誌で見かけたような。

>>39
そういえば、森鴎外や安部公房は医学部出身だよね。
「人間に興味があったから」とか言われて、まあ本当かどうか知らないけど。

41: 03/01/04 02:05 ID:c3RaQXaW
>>39
哲学でも実在論/反実在論とか、物理学的な視野を収めた議論もありますよ。

43: 死に至る病 03/01/04 02:12 ID:SM05DINo
>>41
俺の場合、今から、物理学も数学もやり直すというのは相当困難です。
哲学で、その議論を学習したとしても、その困難さには変わりはないと
思います。だけど、ちゃんと、学校で、物理も数学も学習していたら、
その物理も数学も哲学もずっと、楽に習得できたと思います。

44: 03/01/04 02:18 ID:c3RaQXaW
>>43
あ、別に物理や数学の知識を直接必要とするわけじゃないんです。
むしろ全く数学は出てきません(記号論理学を除く)。
ただ、考え方というか発想が物理っぽい、っていっても分かりづらいですが、
「物理主義」とでもいいましょうか、そうした立場をとる哲学もあるってことです。

予想に反してスレが伸びたので、私は安心してここで落ちます。
それに心理学は詳しくないんです、すいません。

45: 死に至る病 03/01/04 02:22 ID:SM05DINo
>>44
いやー瑞さんのおかげで、ここまで伸びたと思います。感謝感謝!
おやしみー。

46: 死に至る病 03/01/04 02:26 ID:SM05DINo
>>44
俺はそれでも実際の物理や数学をやっていないと、そこまでやると鬱になってくるって
気がするんです。

75: 03/01/04 13:32 ID:m/YIiccb
>>46
>俺はそれでも実際の物理や数学をやっていないと、そこまでやると鬱になってくるって
>気がするんです。
んー、なんでしょね、一種の完全主義的な傾向ですか?
もちろん物理や数学の知識が哲学に役に立つこともありますし、実際にそういう分野も
ありますけど、大抵の哲学者は理系の知識なんて知りません。
鬱にならずに学問をやっていくには、割り切りというか、「諦め」が肝心なんでしょう。
私なんかはまだまだ「諦め」が不十分なほうでして、けっこう鬱傾向です。

88: 03/01/05 02:08 ID:QMRiUwFC
「世界が現実に存在するか否か」って問題はまさに>>41の実在論と反実在論の
ことでしょうね・・・私もあまり詳しくないんですが。
「はじめからモノが存在する」という実在論、「モノは人間の認識作用によってはじめて
生まれる」という反実在論、簡単に言うとこんなところでしょうか。
ニワトリが先かタマゴが先かみたいな議論は、哲学でも社会学でもよくあることです。

100: 03/01/05 02:59 ID:LuVRmKPv
>>88 瑞さんへ
自我もエスも幻想である事には違いないんですが・・・。
客観的実在物なのかどうかはよく分からんなあ・・・。
精神分析においては、自我の存在もエスの存在も仮説なのかな。
そういう仮説を立てるとうまく説明できるとか・・・。分からんなあ。

岸田秀の唯幻論のきっかけはご自身の神経症になり、フロイドの本に出会って
フロイドの理論を頼りに病気と闘った末に辿り着いたそうです。
フロイドの不備を補った理論といった感じでしょうか。

モノの世界と意味の世界がありますよね。
生き物じゃないものはモノの世界に居て物理学的な法則に従っている。
生き物は意味の世界にいて意味関連で繋がって生きているって感じかな。
植物にも意味が分かるのかなあ・・・。

110: 優しい名無しさん 03/01/05 03:31 ID:fSf3qid1
>>100
>生き物じゃないものはモノの世界に居て物理学的な法則に従っている。
>生き物は意味の世界にいて意味関連で繋がって生きているって感じかな。
>植物にも意味が分かるのかなあ・・・。

生き物も、生き物じゃないものも、基本的には100さんのおっしゃる意味での
物理学的な法則にしたがっていると思いますよ。
植物に意味は大有りでしょう。食物連鎖の中枢にいて、生殖や種の保存の仕組みなんか、
たぶん我々が動物図鑑なんかで見る「高等生物」以上かもしれないよ。プランクトンなんかも含めて。

「生き物じゃないモノ」というのは鉱物を指していると思いますが、鉱物のミネラルは生命にとって
必須だし、まず生きる大地のモトなんだから、これも分離して考えるわけにいきません。

意味が分かるかわからないかということは、人間の側に立ちすぎた解釈で、まず人間は「地球」という
いろんなものがゴチャマゼだけどなんとかバランスをとっている大地に生きているんだよね。
日本に生まれ育った自我と、アフリカとかで自給自足してる自我はちがうけど、「人類」という
枠組みで考える時がきてる。地球の資源も生態系も、いまいちばん左右する「種」は人間です。

俺もメンヘラだから、そこまではわかったけど、この先どうしていいかわからない。
とにかくこの議論はヒキコモらないで他板でもやったほうがいいよ。アナウンスしてくれれば

122: 優しい名無しさん 03/01/05 04:10 ID:LuVRmKPv
>>110
例えば、殴られたから殴り返すなんて行動のメカニズムは
物理の法則では説明できないでしょ。
殴られた事に「敵意」などの意味を読み取って、
怒って殴り返したりするわけだから、
「意味の了解」が重要な役目を果たすというか・・・。

そんな意味で100を書きました。

41: 03/01/04 02:05 ID:c3RaQXaW
>>35
哲学でも実在論/反実在論とか、物理学的な視野を収めた議論もありますよ。

88: 03/01/05 02:08 ID:QMRiUwFC
「世界が現実に存在するか否か」って問題はまさに>>41の実在論と反実在論の
ことでしょうね・・・私もあまり詳しくないんですが。
「はじめからモノが存在する」という実在論、「モノは人間の認識作用によってはじめて
生まれる」という反実在論、簡単に言うとこんなところでしょうか。
ニワトリが先かタマゴが先かみたいな議論は、哲学でも社会学でもよくあることです。

106: 優しい名無しさん 03/01/05 03:25 ID:WrlH+5++
>>35
「より」正しい「事象の解釈」の「共通了解」を模索する態度が『哲学』。
その意味で、理論物理学は『哲学的世界解釈』の一部を構成しうる可能性は
あるが、世界全体を解釈し『共通了解』を求める哲学の対象としては、『対象』
をあらかじめ限定しすぎている』。
勿論『事象』には『内的世界体験』をも含む。『外的世界体験』をとっても、
物理学の『解釈』は、一部をなし得るにすぎない。
例示すれば、「青色光と赤色光の違い」についての物理学の説明は、画家のそれ
を包摂できない。その『意味』で、物理学の解釈は『世界の一部を切り取った』
解釈にすぎず、哲学はもっと『欲張り』なガクモンである。
注1:哲学の『世界』という概念⊃『宇宙』
注2:到達不能であるが『存在』する絶対的真理⊃相対的真理A⊃相対的真理B・・・・

38: 03/01/04 01:52 ID:3XC1OG1g
私自身は、自分が壊れた人間だという自覚がなく、
ずっと機嫌よく暮らしてきたんですが、
だんだんと変だと分かってきたんです。
そして、その分かったブンだけ生き易くなったといいますか・・・。

きっかけとなったのが岸田秀という人の書いた本でした。
この人は思想家に入るのかな。
現在、彼に非常に影響を受けた考え方をしているというか
受け売りというか・・・。
ちなみに、私、高校時代より哲学に憧れていながら
何もモノを考えることの出来ない人間でした。
今もあまり変わっておりません。

42: 死に至る病 03/01/04 02:07 ID:SM05DINo
今、ふと思ったんですが。。
学問を旺盛にやる人間も学問をそんなにやらない人間も、精神的に健康な
状態というものが共通しているというか、もともと、あるその「部分」あるいは「バランス」
というか、説明しづらいんですが、その「正気」と呼べる部分が破壊されずに
エスカレーターで上がっていくように守られ続けていればいいってことなんだろうか?
(分かりづらくてスマソ)

47: 03/01/04 02:30 ID:3XC1OG1g
>>42 そういう感じだと思いますよ。
精神の安定がずっと保てるようなシステムになっているという感じかな。

人間の心理を理解するには、やはり心の全体像がまず必要だと思っています。
心がこういう構造をしているということが分かっていないと
一つ一つの心理を考察しても、まとまらないというか、
雲を掴むような話になるというか・・・。

私が心の構造の捉え方として便利だなと思っているのが、
「自我」と「エス」という二層構造です。

49: 死に至る病 03/01/04 02:34 ID:SM05DINo
>>47
待ってましたw

148: 03/01/06 02:56 ID:Fh3sVKb7
1=死に至る病さんに、「待ってましたw」(>>49)と言われて、
舞い上がって、幻想の自己像を目指してしまっているアホです。

48: 死に至る病 03/01/04 02:31 ID:SM05DINo
46の続き
多分、物理や数学が「やれなくなる」のと「やらないだけ」なのとでは
大きな違いがあると思います。俺の場合「やれなくなった」んだと思います。
つまり、この時点で、何かが破壊されてしまっているんじゃないかって気がします。
それに対して学問をそんなにやらなくても生き生きしている人というのは、
その何かが、破壊されないで、しかも、単に「やらないだけ」の人なんだと思います。

50: 03/01/04 02:34 ID:3XC1OG1g
人の精神の部分をまとめて全人格と呼ぶとすれば、
そのうちで、自我とは自分が知っている自分であり、
エスとは自分の知らない自分。
自己と非自己と言っても良いかな。
人格=自我+エス あるいは 人格=自己+非自己
このモデルで、いろんな心理を割とうまく説明できます。

51: 03/01/04 02:41 ID:3XC1OG1g
動物は意識を持っていませんよね。
動物は本能が行動を決定しますから、あれこれ考える必要はありません。
ところが、人間は意識を持っています。
意識を持っているという事は、本能が決めた決まり事とは別に
各人が世界の意味付けをするようになったという事です。
人間にも動物と同じような本能的な、
生理学的な遺伝的なメカニズムを当然持っていますが、
それとはほぼ独立して、意識が世界の意味付けをして、
それに従って生理学的なメカニズムとは独立した意識的な行動を
するようになったという事です。
意識を持った行動、ここに人間の行動の特徴があります。

52: 03/01/04 02:49 ID:3XC1OG1g
私は素人ですので学問的にどうとか言う事を考えずにいきます。

意識的な行動を担当するのが自我という部分かな。
人間は動物のように本能に頼って生きることは出来なくなっています。
食べる事にしたって、どれが食べれるものか、何を食べようか、いつ食べようかと
いろいろと自我が判断して、その判断に従って行動するという形でしか行動できません。
人間の自我は動物の本能の代替物です。
本能で行動できない人間が動物の本能に変わるものとして自我を発明したんでしょう。

53: 03/01/04 02:59 ID:3XC1OG1g
人間の行動は自我が決めます(と自我は思い込んでいます)。
自我は行動規範です。
そのためには自我にはいる要素同士にあまり矛盾があっては困ります。
行動が混乱するからです。
ですから、人間は自我の一貫性を保つ為に、
その一貫性の邪魔になる要素を自我から排除します。
この作業をその要素を「抑圧する」といいます。
邪魔な要素は抑圧されて、エスに入ることになります。
エスには生まれてからずっとエスにいる要素と、
自我から排除されてエスに落ちた要素が入っていると考えられます。

54: 03/01/04 03:05 ID:3XC1OG1g
自我やエスに入っている要素とは何か。
それは観念と呼ばれるものでしょう。
いろいろな勝手な観念が自我やエスの中には行っています。
それらの観念同士が矛盾した時、心は葛藤を起こします。
心の葛藤が人間のいろいろな行動の原因になっています。
そして、この観念を岸田秀は現実からズレている観念だという事で「幻想」
と呼びました。
自我やエスには様々な幻想が詰まってます。

55: 03/01/04 03:19 ID:3XC1OG1g
どういう幻想が自我には入り、どういう幻想がエスに落ちるのでしょう。
まず、当人が一貫した行動が取れるように幻想の取捨選択が行われます。
一貫した行動は一貫した世界観に基づきます。
自我は自分の世界観を持ちそれに従って幻想の取捨選択をします。

その際に考えに入れておかなければならない事は、
人間は社会を作って生きているという事です。
自我は社会の中で当人が適応できるように機能しなければなりません。
自我が当人の内部だけでいくら一貫していても、
外部の社会に適応できない自我であれば意味がありません。

56: 優しい名無しさん 03/01/04 03:28 ID:+1o5DtEV
脳研究が進めば将来、精神病も外科的に治せる日がきそうだね。
いや、あらゆる病にかからない人間を作れるようになるほうが先か。
これは現存する技術の応用でも可能っぽいもんね。

57: これは私の愛する子これは私の心に適う者 ◆R65m1WU/8c 03/01/04 03:31 ID:Oivv8ZEw
外科的に目玉を8つぐらいにして、
蜘蛛みたいに糸を吐き出せるようにできるのでつか?

58: これは私の愛する子これは私の心に適う者 ◆R65m1WU/8c 03/01/04 03:32 ID:Oivv8ZEw
蜘蛛の糸を遺伝子工学で解析するほうが早そうでつね!

59: 死に至る病 03/01/04 03:35 ID:SM05DINo
>>☆
そういう本能がある上で意識が過剰にあるわけですよね。
その本能を極力抑圧せず、発散出来ている状態が、生きてるうちの最初の方に
あって、その発散を抑圧しないように上手いことバランスよく物事を学習して
ゆくんだと思います。
ところが、この本能の発散を過度に抑圧してしまってから、それを元に戻そう
としても、簡単には戻らなくなってしまうということになるのが、一つの精神病だ
といえるんでしょうか?
簡単に戻れないのはひとつには、社会も社会の変化もあまりにめまぐるしいから、
そこで、上等と社会で評価される自分の形成、その設計が困難になるから。
ってのはどうかな?

62: 03/01/04 03:58 ID:3XC1OG1g
>>59
抑圧する対象は観念=幻想=欲望=衝動です。
人間は本能が壊れていて、衝動や欲望というものに変質しています。
本能が変質して、各個人個人でいろんな方向に歪んでしまっていると考えられます。

人間は、生まれてすぐは抑圧を知りません。周りから見れば無知無能ですが、
主観的には全知全能の非常に「快」の状態にいると想像されます。
その状態から、度重なるフラストレーションを経験し、
次第に自分の思い通りにならない部分(=他者や社会)を発見していき、
他者と区別した自我を作っていく事になります。

60: 03/01/04 03:43 ID:3XC1OG1g
自我の役割はどんなものか。
自我は過去から未来へと続く自分の連続性と一貫性を保証する説明を
持っていなければなりません。自我とはそういう自我の物語です。
そして自我は、社会に適応できる物語でなければなりません。
社会に広く認められた物語・・・常識や道徳・・・を含んでいなければなりません。
そして、社会の他のメンバーとあまり食い違うものであっては他のメンバーと付き合えません。

あまりに食い違った自我を持つ人は、「妄想家」と呼ばれることになります。

138: 03/01/06 02:06 ID:Fh3sVKb7
>>60
自我の役割のひとつに、社会への適応があります。
また、自我は行動規範ですから、内部にある程度の一貫性が必要です。
そして、アイデンティティーの連続性を保証すること。
そしてそして、いちばん重要な役割は、
自分のナルチシズムをある程度は満足させてくれる事です。
いくら社会に適応できても一貫性があっても、自分が価値ある人間だ、いい奴だという
物語が含まれていなければ自我としての意味がないでしょう。

そしてこれらの役割は、いろんな場面で対立するんですね。
葛藤を起こすんです。
社会への適応を優先するか自己愛を優先するか、
一貫性をとるか社会への適応をとるかなどなど。

61: 優しい名無しさん 03/01/04 03:56 ID:duYusBo/
☆は分裂病を検索してくれ。
キミは分裂病です。
支離滅裂すぎ。

63: 03/01/04 04:02 ID:3XC1OG1g
>>61
まだ分裂していないはずです。
話をハショっているので分かりにくくなっているのかも。
もし聞きたい事があれば書いてくださいまし。

66: 死に至る病 03/01/04 04:09 ID:SM05DINo
>>63
俺には全然分裂しているようには思えないですよw
☆さんくらいの記憶容量があれば俺も☆さんみたいに語りたいです。
俺の説明だとあとで、凄く物足りなくなると思います。

質問ですけど(ちょっと早いかなー)
病んでいる人が単に自分一人で物事を考え、しかもそれが見事
なまでに理路整然としているとしても、やはり精神科医との対話というのは
重要になると思うのですが、その辺の理論、その必要性ってやっぱりフロイト
によって説明されていたんでしたっけ?ラカンだったかな?

65: 03/01/04 04:09 ID:3XC1OG1g
精神の病気の場合、衝動に対する抑圧の強さが関係する部分は
あると思います。
しかし、抑圧するしないの形式だけでなく、
自我にとって世界はどんな意味で迫ってくるのかというような
観念の内容も重要な意味があるのでは・・・と思います。

私達は、他者から殴られた時、その物理的衝撃に対して怒るのではなく、
その行為の中に彼の悪意だとか敵意だとか侮辱だとかの意味を読み取るから怒るのです。
人の行動は、すべて意味の了解を前提にしています。そういう意味で、
人間は意味の世界に住んでいるといえます。

76: 03/01/04 22:23 ID:3XC1OG1g
人間は意味の世界に住んでいます。(>>65
世界は自我の外部に客観的に存在しているというよりも、
自我の中に意味関連の世界として存在しているといえます。
だから、世界は自我が作った幻想だといえます。
文化とか社会とか常識とか道徳と呼ばれるものもすべて
自我が作り出した幻想です。
つまり、超自我と呼ばれた部分も自我と呼ばれた部分も
幻想が詰まっていることには変わりないんで
特に区別する必要がある時以外は一緒クタにしているんです。
だから、超自我は自我に含めて考えています。
(岸田秀がこの様に分類してるんですが・・・)

77: 優しい名無しさん 03/01/04 22:54 ID:Wl6hG4tf
>>76
世界は自我が作った幻想ってのはちょっと違うと思う。
自我があろうとなかろうと水は流れ空気は存在する。

脳神経外科だっけかの養老猛が
「我々人間の社会は脳の延長であり、我々は脳の中で生活している」って言ってたね。
「だから、なるべく自然とふれあいなさい」とも言ってたね。

88: 03/01/05 02:08 ID:QMRiUwFC
>>76
世界・社会が人間個人の主観の中で構築される、ということは最近盛んに言われている
ことで、超自我が客観的存在ではないことは確かなのですが、ならば無意識もまた客観的実在物
たりえず、その意味では超自我・自我/無意識という分類はできなくなってしまいます。
以上は岸田秀の理論への批判なのでありますが・・・彼は何らかの意図で、
既存の精神分析の簡素化を試みたのでしょうかね。。。スレの流れと関係ないからまあいいや。

>>77-78

68: 03/01/04 04:15 ID:3XC1OG1g
フロイドが精神分析を始めたんですが、理論的な詳しい事は知りません。

質問の件ですが、精神病者(と言ってもいろいろでしょうが)が「妄想を抱いている」
と思われるのは、先ほど書きましたように、自我に留まった幻想の内容が、
周りの人間とあまりに食い違っているからです。その自我の内部で
理屈がぴったり合っていても周りの人の自我とあまりに食い違っているので、
話が通じないんです。

69: 03/01/04 04:20 ID:3XC1OG1g
精神病者の誇大妄想も同じです。自我の内容が他人と違いすぎるんです。
これを修正するのは並大抵ではありません。
彼が信じている物語(自我の内容)は他の誰も信じていないですし、
彼以外のみんなが信じていること(みんなの自我の内容)を彼は信用できないわけですから。
精神病の治療の難しさはそこにあると思います。
彼が今まで信じていた(周りから見れば)破天荒な物語を捨てさせて、
新しく、みんなが信じているのと同じ物語を信じさせる訳ですから。

70: 死に至る病 03/01/04 04:21 ID:SM05DINo
>>☆
物凄くよくわかります。

71: 03/01/04 04:23 ID:3XC1OG1g
現在の精神科は、この作業をうまく出来ているとは言いがたいと思います。

ごめんなさい。そろそろ私の寝る時間になりました。
すごくワクワクして、もっと続けて書きたいんだけど、
今日は鋭気を養う為にもう寝る事にします。
あしたもまた来ます。

72: 死に至る病 03/01/04 04:25 ID:SM05DINo
>>☆
いやーありが㌧
俺もそろそろ寝ます。
みなさんも俺に遠慮せずに書いてもいいですよ。

74: 03/01/04 13:24 ID:m/YIiccb
また来てみました。精神分析方面に伸びてますね~。

>>☆さん
古典的精神分析理論では人間の精神を超自我/自我/無意識の三層構造に分けるはず。
それをあえて、自我と無意識(エス)だけの二分法にしたのはなぜなのでしょうか?
岸田秀がそうなのかどうか知りませんが、通常テキストに書かれる話と違うので、
何か理由があればお聞きしたいです。
☆さんの議論だと、人間精神=自我+エスでエス=「無意識」(衝動)であるとしても、
自我は通常言われる「自我」(アイデンティティ、統一性)と「超自我」(行動規範)を
合わせたものになっているようですが。

重箱の隅をつつくような話で、横道にそらしてしまっていたらスミマセン。

76: 03/01/04 22:23 ID:3XC1OG1g
>>74
精神分析では、超自我は道徳的な規範で
自我は現実検証を担当すると言う事になっています。
この分類では、超自我は常識や道徳といった観念的なもので、
自我は現実の世界と対応しているものと言う事になっています。
しかし、

88: 03/01/05 02:08 ID:QMRiUwFC
>>76
世界・社会が人間個人の主観の中で構築される、ということは最近盛んに言われている
ことで、超自我が客観的存在ではないことは確かなのですが、ならば無意識もまた客観的実在物
たりえず、その意味では超自我・自我/無意識という分類はできなくなってしまいます。
以上は岸田秀の理論への批判なのでありますが・・・彼は何らかの意図で、
既存の精神分析の簡素化を試みたのでしょうかね。。。スレの流れと関係ないからまあいいや。

>>77-78

78: 03/01/05 00:39 ID:LuVRmKPv
確かに、自然は現実に存在しますね。
言い方が悪かったですね。
「人間が暮らしている社会は自我が作った幻想です。」ですね。

79: 死に至る病 03/01/05 00:47 ID:GjlUCMVi
みなさん書き込みありがとうございまーす。
質問です。(誰でもいいです)
自我と無意識、あるいは超自我と自我と無意識あるいは、後期フロイトが言っていたという
生の欲動と死の欲動というのは患者の方でもそういう概念を知ることで、少しは治癒する手助けに
なるんでしょうか?
神経症ってのは、入院して自由気ままにしていても治らないんだとしときましょう。
そこで、必要になるのは医師との対話ってことにまずはなるとします。
そこで、「自由連想」させて、医師がそれに対して何らかのコメントをして、
患者が負っている心的外傷(トラウマ)がいつ、どこでのものかを認識させてあげることで、
その、しがらみが解けて治療が果たされたってことになるのだと思うんですが、
ここで、超自我とか自我とかタナトスとかの概念をも患者に認識させれば、
更に治療効果はアップすると考えられますか?

80: 優しい名無しさん 03/01/05 01:21 ID:LSh0jLs3
ある科学理論があり、それが「真」である条件はあらゆる反駁を退けるということである。
つまり理論に合致した現象をみつけることで正当性を把持する(心理学など)のではなく
絶えず反例を探し続けてもなお、揺るぎない客観性をもつものを「科学」とするのだ。
宗教や哲学が科学的ではない理由はここにある。

>>79
ひとつの治療法としては認められるが、それは洗脳に近い。催眠術のようなもの。

83: 死に至る病 03/01/05 01:36 ID:GjlUCMVi
>>80
そうですか。
変なことを言っちゃいますが、医師は少しでも効力のある方法を編み出そうとし、
そして、そのための理論を模索しますよね。
だけど、「あまり、物事を深く考えなくたっていいじゃん!」っていう部外者は、
それを嘲笑うとしましょう。
だけど、医師にとって、そういう風に考えることが医師自身の正気のために必要と
考えられますね。この場合、医師は自分自身を治療方法を考えることで、治療もしくは、
予防しているのだと言えませんか?

91: 死に至る病 03/01/05 02:16 ID:GjlUCMVi
>>83のは>>80さんにのみ聞いているのではなくて、>>ALLです。
>>83の続き
医師や、医師のたまごは、そういうことを考えることに生きがいを感じているわけで、
彼らから、そういう考えることを奪い取ってしまったらそれこそ、彼ら自体が病気になると思う。
そうすると逆にその学習こそが彼ら自身の治療法であるともいえるんじゃないだろうか?
それは、哲学によって治療出来ているということに非常に近いんじゃないだろうか?

って思ったけど、彼らも病気になったら勉強だけでは治らないんだろうな。

どう?

93: 03/01/05 02:32 ID:QMRiUwFC
>>91
そりゃまあ、自分の専門分野の学問が突然あぼーんされてしまったりしたら、
医者も哲学者も、どんな専門職の人間も困るでしょうな。
でも、自分と全く関係のない学問があぼーんされたからといって鬱になる人は
少ないだろうし、だから鬱の人にその人と無関係の学問を勧めて
治療が進む・・・なんてことは、普通に考えてありえないでしょう。

96: 死に至る病 03/01/05 02:45 ID:GjlUCMVi
>>93
医師も学習を奪われて神経症になってしまったら、
たとえそのあと、学習を許可されたとしても学習のみでは神経症を治せず、
医師も精神分析を必要とする。

で、合ってますね?

99: 03/01/05 02:57 ID:QMRiUwFC
>>96
まず「奪われる」という前提が非現実的なんですが・・・奪われてどんな病気になって、
どんな治療が必要かは全く想像に及びませんが、自分の専門領域の学問が取り戻せたなら、
それは原因が解決できたことになるから、治療しないで鬱も快復するのでは?
今日はもう落ちます、スマソ。

104: 03/01/05 03:09 ID:LuVRmKPv
>>96
確かに、医師が学習を奪われて神経症になるって言うのが分かりにくいな。
「奪われて」も「神経症になる」も、
どういう状況を考えておられるのか、ちょっと伝わってこないですね。

85: 03/01/05 01:47 ID:LuVRmKPv
>>80
心の治療は科学的である必要はないような気がするんですが・・・。

神経症は自我の物語のほころびのようなものです。
精神分析などの治療は、そのほころびを、
医師が用意したつなぎの物語でつないで、
自我の物語のほころびを治す治療です。
物語を信じ込ませるという意味で、洗脳に少し似た面はあるのでしょうが、
患者の自我から見えない原因や意味を見つけ出し、
それを患者に了解させて不安を取り除くんですから、
患者の自我は以前よりまあいわば物事がちゃんと
見えるようになった訳ですから、洗脳とは違うんじゃないかと思いますが・・・。
精神分析と催眠術は多分別物です。

115: 優しい名無しさん 03/01/05 03:48 ID:WrlH+5++
>>80
科学の起源は宗教だ。東ローマ帝国が崩壊して宗教文献がイタリアに流入したのが直接のきっかけ。

86: 03/01/05 01:57 ID:QMRiUwFC
>>79
>患者の方でもそういう概念を知ることで、少しは治癒する手助けになるんでしょうか?
これは、フロイトの理論や精神分析のメカニズムを患者が理解したら、
治療効果が高まるということでしょうか?
たぶん、フロイトはそこまで考えていなかったんじゃないでしょうか。
あの時代は精神科医と患者の間には、決定的な落差があったはずです。
知識のある医者が、無知な患者に対して自由連想を「させてやり」、
患者の無意識から抑圧された記憶を引き出し、それを患者に認識「させてやる」、
といった「治療の押し付け」的な感じが強かったと思われます。
彼の考えでは、それをするのが精神科医の役割なのですから。

ですから、患者が自ら精神分析理論を知ったら・・・精神科医(今はカウンセラー)の
役割はなくなるのかな?
とも思ったけれど、そう簡単にもいかないですね。
たとえ専門的知識を持ち合わせていても、自分で自分を精神分析するのは困難でしょう。

81: 03/01/05 01:31 ID:LuVRmKPv
答えに辿り着くかどうか分かりませんが、また好き勝手に書きます。

神経症とその治療について書きます。
例えば強迫観念。これは自我にとっては異物です。
例えば「鍵を閉め忘れている」と言った強迫観念。
自我からすれば意味不明の観念。動かそうとしても頑として動かないし消えない。

なぜ、自我にとって異物になるのか。意味不明な観念になるのか。
それは、その観念の原因と意味が抑圧されてエスに落ちているからです。
その観念の原因や意味などの全貌を見渡す事が出来れば、
その観念も了解可能なのですが、
多分自我は不安すぎてその全貌から目を逸らしています。
医師は、エスに抑圧されているその原因や意味を見つけて、
それを患者が了解できるように導いていくというのが治療になると思います。
その中で特に超自我、自我、タナトスはそんなに必要ないような気はするんですが・・・。
抑圧されてエスに落ちている観念を患者に自覚させる事が出来ればいいんだと思います。
その過程で、自我、エスの構造を説明する事ぐらいはあるのかも知れませんが、
そういう用語が無くても患者には説明できそうだしなあ。やはり、あまり必要ない気かな。

87: 03/01/05 02:04 ID:LuVRmKPv
そうですよね。
医師と患者とが抑圧しているものが似ている場合には
精神分析は困難らしいですからね。
本人が患者とすれば抑圧しているものがまったく同じなんだから、
患者から見えないものを医師が見るって訳には行かなくなるもんね。

90: 03/01/05 02:14 ID:QMRiUwFC
>>87
なるほど。
その場合は、外見上全く普通に治療をこなしているかのようで、
うまく治療が行えないという事態が発生するわけですね。
・・・これは、現在そして今からなろうとする精神科医・カウンセラーに知ってもらいたい。

89: 優しい名無しさん 03/01/05 02:14 ID:fSf3qid1
ニーチェは発狂して死んだ。

95: 大鳥居☆つばめ ◆dpLvO.T.cY 03/01/05 02:44 ID:Li/8mzet
私は物理学科卒だからといってなんか勘違いされてますが、もともとは
区分があぼーんされることが無い電子工学とかに興味を持ってたのでした。
だからって気楽になるな。

>>89
自閉の一種のアスペルガー症候の人が独特の世界観を持ってるというのに分かりやすく象徴されますか。

98: 大鳥居☆つばめ ◆dpLvO.T.cY 03/01/05 02:56 ID:Li/8mzet
>>95は、>>89でなく>>88に対するレスでした。ついでに確かに哲学の問題って、
無理にでも物理的に理解しようとしますね。記憶量を減らすためだろうか。

102: 優しい名無しさん 03/01/05 03:04 ID:fSf3qid1
>>95
>自閉の一種のアスペルガー症候の人が独特の世界観を持ってるというのに分かりやすく象徴されますか。

ニーチェはペシミズム(厭世主義)→ニヒリズム(虚無主義)→テロリズム(暴力主義)と退廃が進み、
苦しんだあげく最後には何でもこい!の肯定主義に到達し、至福の中で有名な「ツァラトゥストラ」を
数日で書き上げ、発狂して死んだ。

ニーチェの思想はナチズムの下地にもなった。「悪の思想」といわれるゆえん。
ナチスの文化は退行から花開いた芸術的な側面もあるけど、けっきょくは選民思想の極地で、
他民族の虐殺など、自閉的な思想ですよね。

独特の世界観をもつものの一部は天才と呼ばれ思想や文化を作りますが、その他大勢は、
たんなるキチガイで終わると思います。これは知能程度や時代や環境の問題で、
天才の発生率はメンヘラでない一般の人々と変わらないと思います。

つまり精神や神経が過敏ということは、人によれば独特の発想を生むけれど、他方では
「近所の音がウルサイ」「みんなが俺をいじめてる」とか、子ども時代のトラウマがどうとか、
いびつな自我を肥大させ、病んでいくだけに終わるのだと思います。

だから、>>95さんのおっしゃることは対極的にはあてはまるけど、より細かい判断をしないと、
危険だと思います。メンヘラは、良くも悪くも自分を特化しようとする傾向にありますから、
「独特の世界観」をレスを読んだメンヘラたちがどう解釈するかによって、ヘタをすると
メンヘラーであることが勲章のようになってしまう場合もあるからです。

126: 大鳥居☆つばめ ◆dpLvO.T.cY 03/01/05 05:08 ID:Li/8mzet
そうですね。>>102>>89でなく>>88に対するレスだったんですが、
それに対しレスありがとうございました。
「独特の世界観」というのを妙なものにしてしまわないように気をつけます。

126: 大鳥居☆つばめ ◆dpLvO.T.cY 03/01/05 05:08 ID:Li/8mzet
そうですね。>>95>>89でなく>>88に対するレスだったんですが、
それに対しレスありがとうございました。
「独特の世界観」というのを妙なものにしてしまわないように気をつけます。

94: 優しい名無しさん 03/01/05 02:35 ID:fSf3qid1
メンヘルで足元がフラフラの状態で内面を掘り下げていくのは危険。
哲学はじめ過剰な議論は、他者をも巻き込んでアッチの世界に
ワープしていきやすい。脳みそフル回転は、その場では高揚感や多福感を
もたらすが、マトモに取り組めば取り組むほど健康な状態でも消耗する。

精神科でも、内面を粘着に掘り下げるような、昔よくあった心理学者の本みたいな
やり方は否定的になりつつあるようです。最小限の原因究明は必要かもしれないが、
思い出さないほうがいいことも、とくにメンヘラーにはあるでしょう。
思い出してそれを乗り越えられる力がある場合には効果的だけど、消耗してるから
病気なわけで、もしも哲学や思想の議論したいなら専門板でやったほうが自己鍛練になるよ。

99: 03/01/05 02:57 ID:QMRiUwFC
>>97
哲学科大歓迎!
私は哲学はぼんやりとしか知らないのでお恥ずかしい。。。

114: 優しい名無しさん 03/01/05 03:47 ID:WrlH+5++
シュレディンガーの猫の問題が解けないのは、物理学的概念の限界の表れ。
物理学的概念は、恣意的で限定的な定義。

物理学より上位の領域は形而上学という哲学の聖域。

119: 優しい名無しさん 03/01/05 04:01 ID:LSh0jLs3
>>114
もちろん物理学は限定的なシステムを論ずる物。
だからこそそのシステムでは圧倒的成功を収めたわけで、
形而上学のほうが領域が広いのは最もです。

・・ただシュレディンガー猫は解けてる、というより
量子力学の本質そのものなのだが。
否定するならそれを近似で含む理論が要りますよ。

118: 優しい名無しさん 03/01/05 03:58 ID:WrlH+5++
哲学の入門書だったら、
岩崎武雄の『哲学のすすめ』(講談社現代新書)がオススメかな。
たしか何章だったかで科学について述べていたような。

岩波新書、中谷宇吉郎著、『科学の方法』も多少古いが良書かと。

科学史なら渡辺正雄:編『科学の世界――その形成と展開――』(1982,共立出版)はどうでしょうか。

124: 優しい名無しさん 03/01/05 04:42 ID:WrlH+5++
物理屋さんが人間原理を嫌うのは、それが「科学的」解決の方法ではないからです。
人間原理は「なぜ」という問いに答える形式を含みます。なぜという目的論的
アプローチで、自分らの学問に対してケリをつけようとされるのは物理屋としては
我慢ならないのです。ゆえに科学者が人間原理で説明しようとすることは科学の
敗北を意味するという見方には私は賛成です。

人間原理は超弦理論の奥に潜んでいます。実は。

「何故、我々は超弦理論のこの真空に住んでいるのか?
別の真空とも双対性で移りあえるのであれば(もしも)なんでそっちじゃないの?」

私にはわかりません。 それに真の真空は全然完成に程遠いわけですが・・・
(ちなみに、人間原理に関する著書: 柳澤桂子『爪はなぜあるか』)

「目的因」的説明が科学から追放されたのって最近だろう。
物理学者って基本的に解析屋さんだったり統計屋さんだったりするんだろうか?

よく解るのが、ラマルク → ダーウィン・ウォレスの移り変わりだと思う。

125: 優しい名無しさん 03/01/05 05:08 ID:WrlH+5++
>>LSh0jLs3
きみのような凝り固まった人にはこのページをオススメする。
「Maxの科学館」
ttp://home7.highway.ne.jp/max-1998/science.html

※ 残念ながらリンク切れです

127: 優しい名無しさん 03/01/05 05:41 ID:LSh0jLs3
>>125
>Maxの科学館
>このことは、相対性理論の仮定そのものが、実験的に実証されていないことを意味する。
原爆の仕組み。
GPSの仕組み。
・・いくらでもあるのですが。。

相対論が間違っていてほしいというのは我々にとっても切なる願いですよ。本当に。
間違ってたら新しい物理世界への展望が開けます。
しかしとてつもなく、とてつもなく圧倒的な精度で正しい・・
10^{-21}くらいの精度でローレンツ短縮は正しかったはずです。
スレ違いな話だけどね。


128: 優しい名無しさん 03/01/05 06:02 ID:WrlH+5++
>>127
確かに相対論は高精度で正しいが、それゆえに「目の上のタンコブ」だよな。
というのは、素粒子論研究者にとってはいつでも矛盾や発散の恐怖を与えて
いる歴史があるからね。非常に上手くいく理論を作ったと思っても、相対論
に出くわすと「無限大のエネルギー」やら「タキオン」が出て台無しになった例
が幾つもあるもんね。一つの明確な基準なんだけど、「厳格な頑固親父」の
ような感じ。
「コラ、秒速2997・・Km以上で走ってはいかん!太り過ぎる!!」
「お父さんはグラビトンなんて認めません!!」
「恐竜時代なんて行っては駄目だ!行くなら未来世紀になさい。」
でも、特異点について聞かれると、まるで「僕はどうやって産まれたの?」
の質問であるが如く、困って寝たふりをする。
「量子(リョウコ)ちゃんと遊んじゃ駄目だ。あまのじゃくだし、
あんなにふらふらして落ち着きの無い子はお父さん嫌いだな。」
その後、父の反対を押し切り、息子は量子ちゃんと結婚した。
リョウコ「アン、いいわ。もっと、もっと繰り込んで。繰り込んでぇ!」
そして10ヶ月後、双子が誕生した。それぞれ「電子」「陽電子」と
名付けられた。しかし間もなく消息不明となってしまった。
原因は「乳児性対消滅」御粗末。

ということで、私は寝る。オヤスミ。
もう二度と現れないであろう。

129: 優しい名無しさん 03/01/05 06:07 ID:LSh0jLs3
>>128
あんた何者だったんだ??
面白い人だなw

131: 優しい名無しさん 03/01/05 08:57 ID:LSh0jLs3
じゃあ、俺も最後。
哲学は思弁的というか、例え話を多用するような文学的な論旨で表現するので
説明が魅力的で比較的理解し易い。
万物を統べる理論「超弦理論」を究極とする物理は、
論理記述として数学が既存の表現法では論理的かつ一番簡単な表現法なのだが、
高等数学を理解できる僅かの人々にしか理解できない。
物理好きな人間として哲学的思考について思うのは人間中心的過ぎるってこと。
科学の目を少し交えて宇宙規模で見れば人間など昆虫や豚などと変わらん存在。
なのに人間を特別として思考してる時点で哲学に科学との共通性を見出すのは厳しいように思う。
やっぱりね。

136: 死に至る病 03/01/05 22:21 ID:7MV0PXpV
どーもー。
明日から、あまりレス出来ません。
理由は仕事探しです。金銭的に相当ヤバイところまできていて、予断がない状況。
仕事が決まってからは仕事のことで頭が一杯になりそう。
みなさん、特に瑞さんや☆さんは精力的なので、このスレをあげます。
俺は個人的には鬱病や神経症やその治療をメインにしさえすれば学問間横断的な議論の場
にしても板違いにはならないと思います。
あと今日思ったのですが>>1で述べたことというのは、簡単に言えば「勉強ノイローゼ」の
一語に尽きるのではないのかと思いました。(あるいはそうではないのかも。。)
精神分析医からしてみればはそういう人は軽症なのかもしれないですね。
だけど、知恵遅れに拡張して考えると精神分析とは又別に、知能トレーニングのような
処方が考えられるとは思います。
とはいえ、もっと深甚なものがあるのかなと。
まあ、このままdat落ちさせてもかまいませんが、貴重だと思う人、あるいは
自分なりにこのスレを改良して使いたい人は書いてください。
俺も書ける時は書きます。(今日はまだ大丈夫!)

140: 03/01/06 02:28 ID:Fh3sVKb7
自我は、自分は価値ある人間だいい人間だと思えないと非常に辛いわけです。
自我は、本音を言えば、自分は何でも出来て何でも分かっていて
誰からも尊敬されている非常に素晴らしい人間だというような
自分のイメージを持ちたいんですね。舞い上がりたいんですね、本音は。

でも、舞い上がっていては周囲から浮いてしまいます。
そういう自己のイメージは
周りの人の自分に対する評価とは大きく食い違います。
周りの人間とうまくやっていくためには、
本音の誇大妄想的な自己像を抑圧して、
周囲の評価を取り入れた
いわば現実の自己像でもって生きなければなりません。

141: 03/01/06 02:32 ID:Fh3sVKb7
誇大妄想的な幻想の自己像と現実の自己像との落差。
これを何とか埋めていこうと言うのが、自我にとっての目標になります。
すなわち、自我が持つ欲望の目的がこの落差の解消と言う事になります。

142: 03/01/06 02:34 ID:Fh3sVKb7
140,141 あれ? ★にならない・・・じゃあ※にしてみよう。

143: 03/01/06 02:39 ID:Fh3sVKb7
有名になりたい。金持ちになりたい。世界記録を出したい。
エベレストに上りたい。
いろんな欲望は、すべて現実の自己像を幻想の自己像に近づけたい欲望です。

145: 03/01/06 02:42 ID:Fh3sVKb7
またまた書きます。
欲望はどこから来るのでしょう。

動物には2大本能が仮定されていますよね。
個体保存本能と種族保存本能です。
(心理学ではこういう本能は否定されてるんでしたっけ)
この二つの本能が、人間の場合は、
自我保存の欲望と性欲とに変質しているようです。

178: 優しい名無しさん 03/01/18 22:43 ID:CfX+HC41
>>145
>この二つの本能が、人間の場合は、
>自我保存の欲望と性欲とに変質しているようです。

自我を守るということは自己像を守るということかな。
大雑把に言えばプライドを守るって事かな。
と言う事は・・・人間はプライドとセックスのために動いているって事だな。

146: 優しい名無しさん 03/01/06 02:50 ID:CSXZGoyZ
※さんは、フランスフロイト派の人?

147: 03/01/06 02:51 ID:Fh3sVKb7
いや違います。岸田秀の本を読んで岸田秀にカブレている素人です。

152: 優しい名無しさん 03/01/06 03:10 ID:zhc++va8
哲学は鬱の解決にはならないんじゃないかな? 今の哲学自体、袋小路に陥っているし…
変に中途半端にやってもよけい混乱するだけじゃないなか。つっこんでやっても私には答えが出るとは
思えないけど。東洋思想や禅のほうがこういう問題には適していると思うよ。かなり完成しているし、
生き死にをあつかうものだし、特に禅がオススメ。でも禅も生半可なやりかただと魔境に落ちるけどね。
やるなら腹に刃物を差し込む覚悟でやれ、と誰かが行っていたし…どうでしょう?

155: 03/01/06 03:14 ID:Fh3sVKb7
>>152
ちなみに、私が書いてることは哲学になるんでしょうか?

158: 03/01/06 03:30 ID:Fh3sVKb7
>>152
確かに哲学では精神の病は治らないでしょうね。
東洋思想や禅ってまったく知らないんですが、精神の病に効きそう(?)ですか。

哲学はいらないけど、精神の病には精神分析のようなアプローチは必要だと思いますね。

153: 03/01/06 03:13 ID:Fh3sVKb7
あっ?ちなみに私は「死に至る病」さんとは別人です。

156: 優しい名無しさん 03/01/06 03:19 ID:yvdM3fE4
生きてる事が哲学

161: 03/01/06 03:36 ID:Fh3sVKb7
>>156
確かに。
生きるためには生き方を先導する思想と言うか哲学と言うか
そういうモノ要るものね。

162: 優しい名無しさん 03/01/06 03:42 ID:HcPfZJoO
精神病は脳内ホルモンのバランスが悪く
変な考え方をしてしまうんだな。
しかも、心理学>>>宗教>>>>>>>>>>>>哲学なんだな。
心理学、宗教、価値観の修正でいいんだよ。どっから糞哲学でてくるんだ?

164: 優しい名無しさん 03/01/06 03:48 ID:Fh3sVKb7
精神病ってホントに脳内ホルモンが原因なの?
脳の問題と言うより、観念の問題のような気がするだけどなあ。
当人の持っている観念が他人とズレている事が問題で、
何故ズレるかと言う問題は
当人がどういう過程を経てその観念を持つに至ったかの問題で
脳がどうこうとは別の問題のような気がするんだけどなあ。

165: 優しい名無しさん 03/01/06 03:50 ID:Fh3sVKb7
他人と違った観念を持って、
周囲と摩擦する事がストレスとなって
脳内のホルモンに影響を与えるって事もあり得るよね。

172: 優しい名無しさん 03/01/08 05:05 ID:Hv8o8W8J
一切の流れを無視して
>哲学が逆に精神病を生み出す場合があるのかどうか?

ここだけに論点を絞ってみる。

哲学に限らず学術書を乱読すると潔癖症は生きにくくなる。
知った上であえて世間の流れに乗るぐらいずる賢い生き方ができれば
メンヘルにはならないだろうね。

173: えす 03/01/08 21:08 ID:6+0J1ihX
一通り読んでみました
心理学に関するカキコが多いようだけれど
哲学とはなにを考える学問なんでしょうか?
形而上学とはどう違うの?
大学で倫理学をちょっと学んだので倫理学なら何となくわかりますが…

175: 優しい名無しさん 03/01/11 23:31 ID:AYQGfz8P
>>173
哲学ってのは「私は何者か」とか「世界はどのようになっているか」
とかいった問題の解答を考える学問でしょ。
形而上学と哲学は同じだったと思うけど。

177: 優しい名無しさん 03/01/16 18:08 ID:VjvAbc6P
哲学:
世界や人間についての知恵・原理を探究する学問。
もと臆見や迷妄を超えた真理認識の学問一般をさしたが、
次第に個別諸科学が独立し、通常これらと区別される。
存在論(形而上学)、認識論(論理学)、
実践論(倫理学)、感性論(美学)などの部門をもつ。

メンヘルで哲学ネタは無理だろ。
心理学至上主義な板で哲学が系として理解できるとは思えん。

180: 優しい名無しさん 03/01/20 01:29 ID:DGWGmccw
合理化とか補償とかの心理的な働きは、すべて自我の保護という欲望(目的)から説明できる。

181: 優しい名無しさん 03/01/20 23:59 ID:DGWGmccw
合理化、補償などの防衛機制は、
自我が決定的に傷つく事、
自我が崩壊してしまう事を
防ごうとする心理的な規制ですね。
だいたいにおいて、自己欺瞞と言う方法をよく使いますね。

185: 優しい名無しさん 03/01/26 08:53 ID:pIQvr6FN
>>181
自己嫌悪も自己欺瞞のひとつですね。

204: 優しい名無しさん 03/02/22 18:37 ID:1W3l6lgq
>>181

「怒り」も自我を守るために働きというか衝動というか・・・自我の保護が目的ですよね。
人間にとって自我は行動規範です。行動規範は一貫していなければなりません。
ですから自我の一貫性を保つ為に自我の一貫性にとって不都合な衝動は
自我から排除されています。エスに落ちています。
エスに落とした衝動が自我に侵入してくると自我の一貫性が揺らいで
自我が不安定になり崩壊してしまう危険が出てきます。
この危険を避けるため、
危険な衝動がエスから自我に侵入しようとする時には
自我の側から攻撃してその衝動を抑圧しようとする衝動が働きます。
この働きが「怒り」となります。

182: 癒しの鬱 ◆jEun5TVgNo 03/01/23 13:10 ID:rF8+xIHv
いいスレですね。
私は大学院から科学哲学を専攻してますが、全くわからずドロップアウトして
今は引きこもってます。

具体的な思想家としては、ウィトゲンシュタイン、クリプキなどです。

183: ほかほかご飯 ◆wVaLgb/tNY 03/01/23 13:25 ID:u8UFvB8i
哲学、現代思想って触れてしまうと不幸になりますね精神的に(^^;

「塗装工」のお兄ちゃんが、現代思想と無縁であるのに、最も現代的な存在
であるわけだし。

187: 優しい名無しさん 03/02/01 23:17 ID:Su0g+jx6
自我を防衛する手段としては、
自分に都合の良いセルフイメージを持つということも考えられます。
自己欺瞞の一種です。

192: 優しい名無しさん 03/02/08 16:09 ID:xf9sgp2h
自己嫌悪。
自分がそんな事はやってはいけないと思っている事をやってしまい、
後からやった自分を自分自身が嫌悪するってヤツですね。

自分がやっちゃいかんと思ってる事をやりたい衝動が
自分の中にまずあるんですね。
自分の中で「やっちゃいかん」と言う観念と
「やりたい」と言う衝動が葛藤してるんですね。
その場合、自分が「やっちゃいかん」と思ってるんだから、
「やりたい」衝動の方を断念せざるを得ないんですね。
そうでないと自分を道徳的ないい人間だと思えなくなってしまいますから。

でも、どうしても衝動を諦められない人の中にそれをやってしまう人がいるんです。
そしてやってしまってから、やった自分を嫌悪する事によって
やった事を何とかごまかそうとするんですね。
やった自分を責めている自分はいい奴なんだと、
道徳的なんだと、そう自己弁護するんですね。でもそれは自己欺瞞です。

なかなかうまいやり方ですね。
自己嫌悪のきつい人は、自分を偽っていることに気がつかなければなりませんね。

201: 優しい名無しさん 03/02/22 06:25 ID:NnA3Rydo
哲学で僕はおかしくなりましたが何か。
素質があったんでしょうね。
いずれなおるでしょうが。

205: 優しい名無しさん 03/02/27 19:55 ID:3/9JnIma
自分が一生懸命働いているときにサボる奴がいて、
それを見た時、そいつに対して怒りの感情を抱くとします。
この場合、自分の中にもサボりたい衝動があります。
自分もサボりたいんだけれど、例えば周りの人の非難が恐いからとか
上司に説教されるからとかの理由で我慢して働いているのでしょう。

206: 優しい名無しさん 03/02/27 19:55 ID:3/9JnIma
ところが、ここに仕事をサボる奴が現れます。
自分が我慢している衝動を我慢せずに表現し衝動を満足している奴がいる。
これでは自分が衝動を我慢している理由がなくなります。
自分の中のサボりたい衝動が暴れ出します。
この時に、この暴れ出した衝動を強く抑圧しようとする攻撃衝動が「怒り」です。

207: 優しい名無しさん 03/02/27 19:56 ID:3/9JnIma
暴れ出した衝動を抑圧せず、自分もそのまま表現すれば怒りは湧きません。
例えば、「あっ。サボってる。俺もサボろう!」となれば怒りは湧きません。
この衝動を「やっぱりいけないことじゃないの。」とばかりに抑圧しようとすると
怒りが湧いてきます。その怒りは暴れ出した自分の衝動に対する怒りです。
2つの衝動がぶつかり合い葛藤します。この葛藤を解決する為に、
攻撃の相手を自分の外部にズラします。
「サボりたいのは自分ではなくあいつだ。」と思い込みます。投影です。
サボった相手に怒りを向けます。
怒りの対象が外部に出来ることで、自分の中の葛藤は一応解決します。

208: 優しい名無しさん 03/02/27 19:58 ID:3/9JnIma
サボりたい衝動を持っていない人は、サボっている人を見ても
不思議なだけで怒りは湧かないでしょう。
例えば、仕事が好きで好きでたまらない人がいたとします。
彼は、仕事をサボるなんて夢にも思わないでしょう。
サボっている人を見ても
何故こんなに楽しい仕事をサボるのか不思議に思うだけで
怒ったりしないでしょう。
サボりたい衝動を持っているのだが
人によく思われたいとかなんとかのためにその衝動を我慢せざるを得ない、
つまり、
他の衝動と折り合いをつけるためにサボりたい衝動を抑圧しなければならない人が
サボっている他者に対して怒りを抱くんです。

209: 優しい名無しさん 03/02/28 20:33 ID:ftMkKW1R
元々、いろんな衝動を抑圧して自我からエスへと追い出して
それで何とか自我の一貫性を保っているんですね。
だから、常に抑圧した衝動が自我に入って来て
自我の安定を崩そう崩そうとしている・・・
人の心はそういう状態なんです。
だから常に、自我は一生懸命に邪魔な衝動を押さえ込もうとしているんですね。